一東堂
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地域資源
🏛 有形 歴史上の出来事・人物
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一東堂

いっとうどう
山田町豊間根地区に所在する一東和尚に関するお堂です。
一東和尚は慶長19年(1614)豊間根村日当に生まれました。
豊間根の宝珠院で6歳から手習いを始めた一東和尚は、幼少期より非凡な才能を見せていました。花原市の華厳院では、南部家第27代藩主・利直の子である鍋松丸(後の第29代藩主・重信公)と出会い、共に修行に励むこととなります。

寛永7年(1630年)、17歳になった一東和尚は修行のため中国へと渡りました。正保2年(1645年)に修行を終えて帰途につきますが、その途上で遭難し、下北半島に漂着します。和尚はその地に留まり、仏教の布教に尽力しました。
その後、第29代藩主となった重信公が一東和尚の行方を探し出し、寛文年間(1661~1672年)には、現在の青森県むつ市大畑町に大安寺を開山しました。

延宝年間(1673~1680年)、一東和尚は故郷である豊間根村へと戻り、熊野山に庵を構えて村人たちへ教えを説きました。そして元禄11年(1698年)4月、世の平安を祈りながら、85歳で座禅往生を遂げました。
和尚の死後、その徳を慕った豊間根の人々は、墓碑と和尚堂を建立し、今も大切に祀っています。
🐋 こども版の説明文(小3〜中学生向け)
豊間根地区にあるお堂のあと地だよ。「一東和尚(いっとうおしょう)」というお坊さんが、ここで修行や祈りをささげていたんだ。 むかしのお坊さんは、村人たちのために祈ったり、悩みごとの相談にのったりする、地域でとても大切な人だったんだ。 このお堂は、村人たちの心のよりどころだったんだね。
🟢 訪問情報:自由に訪問可
公道沿い・公園・神社境内など、誰でも自由に見学可能
お堂。屋外で自由に見学可能です。
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総括番号 046-001
resource_id #146
登録日 2026-01-15
更新日 2026-05-28
緯度 39.513444
経度 141.909220
座標確度 C(地区中心点)
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ID PK
#146
総括番号
046-001
名称
一東堂
ふりがな
いっとうどう
区分
地域資源
形態
tangible
種別 FK
T_C941 — 歴史上の出来事・人物
公開可
○ 有効
貸出可
× 無効
見学可
○ 有効
登録日
2026-01-15
更新日
2026-05-28
📍 位置情報 39.513444, 141.909220 (確度:C)

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